「毒」がなくてはつまらない  「蜜」がなくては諭しめない  「骨」がなくては意味がない

Opinion|2021/04/21|依光隆明

『白球黄金時代』の執筆を終えて

 昭和は野球の時代だった。
 シャツの背中に背番号「3」を書いて草野球に興じた少年は、ドラフト1位で今はなき西鉄ライオンズに入った。中学の1年先輩は甲子園で優勝し、ドラフト1位で東京(現ロッテ)オリオンズに。1年後輩はドラフト1位で読売巨人軍に入る。高知県の田舎にある小さな公立中学校で同時期に汗を流した3人が、いずれもドラ1でプロ野球に入ったのである。
 ゴールデンタイムのテレビはプロ野球の巨人戦であり、少年誌の表紙を飾るのはプロ野球のスター選手という時代だった。

 この物語の主人公は野球であり、高知県土佐市宇佐町という海の町である。語り部は高知商業高校から西鉄ライオンズに入った浜村孝と、その同級生の門田豊重。1947年生まれの2人の人生を縦軸にしながら、多くの人間模様、昭和という時代を描かせてもらった。登場するのは宇佐中学校の1年先輩、ミスターロッテの有藤道世や長嶋茂雄、王貞治、金田正一、中西太、小久保裕紀、山本功児、そして高校球界の巨星、籠尾良雄などなど。門田と浜村の話が転ぶたびにさまざまな人物が交差する。そこに昭和の息吹をまぶした。

 かといって野球の本というわけではない。実はこの本の成り立ちは少し変わっている。端緒は門田が病気になったことである。余命を告げられたと聞いた友人が、「門田の話を残そう」と思い至る。大親友である浜村孝の協力を得て完成したのがこの本である。

 浜村孝と聞いてもよほどの野球ファンでない限り知らないだろう。
 夏の甲子園が100回を迎えた2018(平成30)年、高知新聞社が県内歴代高校球児のMVPを募集した。打者のベスト10を見ると、1位は高知高の甲子園優勝メンバー、杉村繁(ヤクルト)である。続く2位が甲子園でサイクルヒットを放った土佐高の玉川寿。3位は明徳義塾の甲子園優勝メンバー、森岡良介(中日、ヤクルト)。4位は高知高の甲子園優勝メンバー、有藤道世。そうそうたる甲子園勢が並ぶ中、5位に入ったのが浜村孝である。浜村は甲子園に1回も出ていない。それなのに5位に入ったということは、浜村が与えた記憶がいかに鮮烈だったかということだ。
 浜村が主将を務めていた当時の高知商業は、今でも「史上最強」を言われることがある。エースで4番が東映、南海、阪神で活躍する江本孟紀。主将で3番が浜村、ほかにも専大に進んで東都大学リーグで首位打者となる大木正行など、ずらりと超高校級をそろえていた。そもそも高知県勢自体が強い時代だった。1964(昭和39)年の夏の甲子園は有藤道世がいた高知高校が優勝する。夏を過ぎると浜村、江本の高知商がぶっちぎりの強さを見せ、連戦連勝。向かうところ敵なしの勢いで四国大会でも優勝し、春の甲子園出場を決める。当然のように甲子園の優勝候補に挙げられたのだが......。

●この書籍は、2021年5月13日(木)発売予定です


依光隆明
1957年高知市生まれ。1981年高知新聞に入り、2001年高知県庁の不正融資を暴く「県闇融資」取材班代表として日本新聞協会賞を受賞。社会部長を経て 2008年朝日新聞に移り、特別報道部長など。2012年福島第一原発事故に焦点 を当てた連載企画「プロメテウスの罠」の取材班代表で再び日本新聞協会賞を受賞。共著に『黒い陽炎―県闇融資究明の記録』(高知新聞社)、『プロメテウスの罠』(学研パブリッシング)、『「知」の挑戦本と新聞の大学I』(集英社 新書)、『レクチャー現代ジャーナリズム』(早稲田大学出版部)などがある。


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