「毒」がなくてはつまらない  「蜜」がなくては諭しめない  「骨」がなくては意味がない

Opinion|2021/01/10|依光隆明(朝日新聞諏訪支局)

地方を食い散らすと言ったら言い過ぎか
長野のメガソーラーに植民地構造がほの見えた

 山に張り付いたソーラーパネルを見るたび、複雑な気持ちになってしまう。自然エネルギー率が増えることに異論はないし、そのために少々電気代が値上がりしてもしようがないと思っている。しかし建前を一皮めくってみれば、そこにあるのはマネーの原理。おまけに利益を得る者の多くが地元から縁遠いのだ。ときには外国にまで利益が流出し、太陽エネルギーを供給する地元ばかりが馬鹿を見るという理不尽さ。これではまるで植民地?と思うこちらがおかしいのか。

「濡れ手に粟」に落とし穴

 日照率がいいからだろう、長野県ではメガソーラーの立地が相次いでいる。あっちでもこっちでもという感じで当方もメガソーラーの取材に走り回っていたのだが(諏訪支局の記者は私しかいない)、昨春あたりから急激に熱は冷えた。転機は国の方針転換である。後で触れるが、太陽光発電をめぐるマネー狂騒曲をさすがに国も看過できなかったらしい。
 たとえば諏訪市の霧ケ峰山域で計画されていたメガソーラー(約200ヘクタールの山林を伐採、100ヘクタールにソーラーパネル敷設)は、1キロワット時40円で20年間電力会社が買いとることを国が決めていた。年1億キロワットを売電する予定だったので、実入りは年に40億。20年で800億円。事業費を引いて400~500億円の収益が上がる計算だった。買い取り価格を国が保証してくれるのだから、これほど確かな商売はない。お金を借りてほしいという金融機関は軒を連ね、結果としてごく低金利で借りられるという皮算用になっていた。世の中にこんなおいしい話はないだろうというくらいうまみがあった。ところが……。
 得てしてうまい話には落とし穴がある。2018年秋、国は着工に期限を切った。2020年春までに着工できなければ1キロワット時18円、さらに1年遅れれば14円、と。住民の反対や環境アセスメントでもたつくうち、40円だった買い取り価格は18円に落ち、14円に落ちることが確実になった。1キロワット時40円で立てた計画が14円になるとさすがに厳しい。億単位のお金を投入していたにもかかわらず、2020年6月に事業者は撤退を表明した。
 国の方針について少々説明すると、こうなる。

あとに残るは「高い電気代」

 きっかけは2011年3月に起きた福島の原発事故である。
 自然エネルギーの普及に向け、政府はFIT(固定価格買い取り制度)をスタートさせる。太陽光発電の場合、当初の発生電力買い取り価格は大規模施設で1キロワット時40円。20年間にわたってこの価格で電力会社が電気を買いますよ、という仕組みである。なぜ40円という高い価格に設定されたかといえば、2011年当時はソーラーパネルが高価だったからだ。ところがパネル価格は年々下がり、一部の事業者は1キロワット時40円の権利を持ったままパネル価格がさらに下がるのを待つ実態もあったらしい。20年間の実入りは変わらないので、パネル価格の下落を待てば待つほど利益率は高くなることになる。
 少なからぬ事業者にとって、パネルの下落待ちなんて当たり前の行為だったのかもしれない。「自然エネルギーの普及に協力したい」等々の建前を口にしつつ、本音は金儲けにあるのだから。しかしFITで自然エネルギー率を増やそうとする国にとって、儲けるために着工を引き延ばす事業者は目の上のたんこぶだった。おまえらいいかげんにしろ、と憤った国が方針転換し、着工までの期限を切ったとされている。
 背景にはおそらく国民感情への配慮もある。太陽光発電の買い取り価格は電気料金に反映される。つまり電力会社が高い価格で買い取れば買い取るほど国民が高い電気代を払うことになる。濡れ手に粟のソーラー事業者がいる一方で、国民は高い電気代を払わされるという図式である。いや、儲ける側には金融機関もいる。金融機関だけでなく、外国のファンドもメガソーラーへの投資には熱心だった。
 ソーラー問題を見る場合、欠かせないのが距離感である。

田山花袋、頭山満……まさかあの建造物が

 霧ケ峰の計画では事業者は東京の企業だった。山の木を切ってソーラーパネルを敷き詰めれば環境に影響が少なからず出る。災害の懸念もあるし、地下水の流れが変わるかもしれない。景観も変わる。必要な施設ならそれも仕方ないが、地元にとって必要なものではない。懸念と引き換えに生まれる巨額の利益がどこに行くのかといえば、東京である。ざっくりといえば、利益は東京で被害は地元。もちろん地元の山主にはお金が入るし、施工業者も潤う。諏訪市にも固定資産税が入る。しかし利益の多くは東京の事業者と、そこに金を貸す内外の金融機関に運ばれる構図になっていた。
 霧ケ峰は東京の事業者だったが、もっと極端なケースもある。たとえば当管内富士見町で進んでいる計画である。富士見の事業者を取材していると、霧ケ峰の事業者がいかに紳士的だったかを痛感する。霧ケ峰の事業者は社長自ら住民の前に出て説明をしたし、当方のインタビューにも答えてくれた。撤退も潔かった。
 さて、富士見町。首相在任中に5・15事件で暗殺された犬養毅(1855~1932)の別荘「白林荘」が同町内にあるのだが、その近くに犬養を同町に招いた元鉄道大臣、小川平吉(1870~1942)の別荘「帰去来荘」もある。この帰去来荘をスペインの会社が取得した。計画したのがメガソーラーである。別荘を取り壊し、1・8ヘクタールの敷地のうち1ヘクタールにソーラーパネルを敷設する構想だった。
 帰去来荘は一種の文化財だと思っていた住民は、ひっくり返るほど驚いた。周辺一帯は第一種低層住居専用地域になっている。住居以外を造ろうとすれば厳しい規制がかけられるのである。必然的に、これからもずっと緑豊かな閑静な住宅街であり続けると信じ込んでいた。まさか別荘を壊してソーラーパネルを敷き詰めるとは……。
 1910(明治43)年に造られた帰去来荘には各界の重鎮が訪れている。田山花袋は長期滞在したし、近衛文麿、頭山満、田中義一、長谷川如是閑、竹久夢二、斎藤茂吉、島木赤彦、中村不折、池上秀畝、富本憲吉、呉清源……。平吉の孫だった宮沢喜一も子どものころに訪れていた。地域の財産ともいえるそんな場所がなぜスペインの会社に?なぜメガソーラーに?と近所の人たちが憤ったものの、あとの祭り。地元では「小川平吉の子孫が帰去来荘を町に買い取ってくれと頼んだのに町が断った」という噂が駆け回った。

マンションの一室に9社が入居

 2019年末に構想が明らかになって以降、富士見町のメガソーラーは事業者側のペースで計画が進んできた。民間の経済活動なので、由緒ある別荘がメガソーラーになっても仕方ない。そう思いつつ、大いなる疑問がまとわりついて離れない。
 このプロジェクト、当初の事業主体はスペインのA社とB社。両社が作ったのが特別目的会社のC社で、C社名義で帰去来荘を購入している。住民への説明を担ったのはB社で、開発にゴーサインが出ればC社が発電事業を行う段取りだった。
 調べると、A社とC社は東京・港区南麻布のマンションの同じ部屋に事務所を置いていた。ところが業者が住民に提示した資料をいくらひっくり返しても連絡先(電話やメール)が分からない。やむを得ないので南麻布のマンションに行くことにした。登記簿謄本や住民が見つけた資料を総合すると、この部屋には少なくとも外国系の9社が入居している。さぞかし立派なオフィスだろうと出向いてみると……。
 想像していたよりずっと小さなマンションだった。郵便配達のお兄さんに場所を聞き、やっとマンション前に到着した。オートロックの部屋番号を押す。朝日新聞だと名乗ったら女性の声が聞こえてロックが解除された。横の郵便受けを見ると、A社のシール。マンションに入り、階段を3階まで上がって部屋のピンポンを鳴らす。ドア横のプレート部分にもA社のシールがあった。
 ドアを開けてくれたのは日本語の話せない外国人女性である。人のいい感じで、自分はメキシコ人で今は一人で留守番をしているのだと説明してくれた。
 玄関からのぞいただけだが、室内は2DKほどの広さだろうか。事務所らしい雰囲気はない。メキシコ人女性に名刺を渡しておいたら20分くらいして男の声で電話があった。A社の外国人社員なのだろう、よく分からない日本語で「アポを取らずに来るのは非常識だ」と怒っている。「電話番号が分からなかった」と言っても自分の主張をまくし立てるばかり。脅すつもりなのか、「弁護士に訴える」とも口にした。かといって本人は名前も名乗らない。どっちが非常識かと思うのだが、スペインの常識は日本の常識とは違うのだろう。さすがにこちらも腹が立った。
 実はこれは富士見だけの問題ではない。

「宝の山」目指し外国資本次々と

 B社が地元説明会で話していたのは、①FITが始まったから日本に来た②太陽光発電ができる適地を探して買った③事業は儲けるためにやるのだ――。「わが社が買った土地なのに、なぜ自由に造ることができないのか」という意識に満ち満ちていた。
 そう、日本に来たのはそこに宝の山があるからなのである。FITで儲けるために日本の土地を買い、ソーラーパネルを敷設する。住民に対するB社の率直な気持ちを字にすれば、おそらくこうなる。「まっとうな経済活動をしているのに、あなたたちはどんな権利があって止めようとするのか」
 若干の想像を交えて事業の道筋を書くと……。
 日本のブローカーが取得できそうな土地をスペインの太陽光発電会社A社に紹介→A社が同じスペインのB社を誘い、特別目的会社のC社を作って現地を見ないままその土地を購入→B社が町と折衝し、開発へのゴーサインを取る→A社がソーラーパネルを敷く→A社とB社はC社名義で事業をスタートする→C社が事業を20年続けてもいいし、途中で事業ごと別の会社に売却する選択肢もある。
 儲けるのは日本のブローカーとスペインのA社B社であり、貧乏くじを引くのは高い電気代を払わされる日本の国民。もっと貧乏くじを引くのは帰去来荘を地元の財産だと思っていた富士見町の住民だろう。彼らにすれば環境の悪化に加えて高い電気代を払わされるのだからたまらない。
 ここで一つ注視しなければならないのは、日本の土地が次々と外国資本の手に渡っているであろうということだ(富士見町のように外国資本が土地を取得するケースばかりでなく、土地を借りて事業をするケースもある)。資源エネルギー庁のホームページに太陽光発電の認定を取った事業者の一覧が載っている。長野県内の土地で認定を取った業者を見ていくと、外国資本らしい事業者名がいくつもあった。素性が判然としない(ひょっとしたら意識的に隠している)事業者も多いが、調べてみるとスペイン系のほかにドイツ系、中国系、タイ系らしい会社が判明した。バックに隠れ外国系資本がいる事業者を入れると、長野県だけでもかなりの外国系事業者(数十?)が太陽光発電事業に乗り出していると考えた方がいい。

事業の権利「憲法で保障されている」

 富士見のメガソーラー計画は、いつの間にか事業の名義人(経済産業省に認定された名義人)がスペインのC社から中国系のD社に代わっていた。昨年12月に出た新しい事業計画説明書を見ると、C社は土地名義人という立場にとどまり、B社が開発担当。住民への説明を担うのはB社の委任を受けた静岡県のコンサルタント会社になっていた。布陣の一角には東京・千代田区の法律事務所に所属する弁護士名もあった。
 まさか脅しではないだろうが、説明書にはこんな文章がある。
「事業に関して、多々『反対』の意見があることは過去の経緯を確認する限り把握しておりますが、本件事業者にも日本国憲法上、営業の自由及び財産権が保障されており、本件事業を行う権利がございます。各法令関係を遵守し、周辺住民の皆様のご意向にも配慮しながら、本件事業を進めさせていただきます」
「今後、ご意見等がある場合、勝手ながら当方も事業の収益性という事情があり、意見等、説明に対する意見募集の返答期限を令和3年1月15日とさせて頂きます」
「反対意見は、当方としては真摯に受け止めますが、前項で説明させて頂いた通り法令に則りながら、事業を進めざるをえません。また、住民の皆様のご理解に“勘違い”があるようですが、『富士見町太陽光発電設備の設置及び維持管理に関する条例』は、近隣住民様に対して『事業同意』を求めている条例ではありません」
 最後に「弁護士からの質問」という項目があり、そこにはこう書かれている。
「反対の意思があることは理解していますが今後、反対に関して『業務妨害となる事はおやめ頂きたい』」
「仮に法的措置を取る場合、反対のご意見を法的に争う可能性について 自治体として訴訟を行うのか、それとも反対の個人の方々が事業に対して反対を争うのか明確にしていただきたい」
 最後にこう書く。
「意見期限を令和3年1月15日としてご連絡をお待ちしております」
 おまえら訴えるなら訴えろ、という上から目線を感じるのは当方だけだろうか。

距離の遠さ×経済原理=住民の不安増

 少なくとも霧ケ峰の業者は「事業の権利」を口にしたり、「誰が訴訟をするのかはっきりしろ」的な言い方をしたりはしなかった。個人的にはこれは距離のありように起因しているのではないかと思っている。
 霧ケ峰の業者は諏訪市内に支店を置き(いまもある)、社員が常駐していた。社員が諏訪に住んでいるのだから、ときには誘って酒を酌み交わしたこともある。業者側にも対話への意思があったからこそ分かり合えるところは分かり合えた。ところが富士見の業者は違う。東京の事務所を訪ねただけで「訴える」と口走るし、説明文書では「日本国憲法」や「営業の自由」「財産権」を振りかざす。
 スペイン、中国と富士見とでは距離が遠すぎるのだと思う。マネーの世界と地域の生活との価値観の差も大きい。価値観が全く違うのだから、帰去来荘の由来を説明したところで聞く耳を持てるはずもない。
 住民の悩みは事業がスタートしたあとも続くかもしれない。開発までB社が担当したあと、発電事業を行うのは認定名義人の中国系D社。20年にわたってD社が事業をするのか、途中で別の企業に事業を売却するのかも分からない。先が見えないということは、住民説明会でどんな言質を取っても当てにならないことを意味している。仮にB社が「洪水が起きて迷惑をかけたら補償する」と約束したところで、D社がその約束に拘束されるのかどうかが分からない。1年後に事業主体がD社から別の企業に代わっている可能性もある。もし事業主体の変更が度重なったら約束はどうなるのか。
 20年は短いようで長い。20年の売電期間が終わったあと、その土地はどうなるのだろう。朽ち果てるまで細々と売電を続けるか、施設を撤去して地元に戻すか。公園にでもしてくれれば地元は喜ぶのだが、経済原理で動く外国系企業が住民に配慮した後始末をするとは思えない。迷惑施設的な用途に高く売れると判断したら、そっちに売る可能性もあるのではないだろうか。
 スペインの会社から中国系に移ったように、いったん外国資本に渡った土地は外国資本同士でたらい回しにされることもある。美しい環境や豊富な水、治安のよさなど、日本の土地に可能性を感じる外国資本は少なくないからだ。気づいたときには国土が外国資本に虫食いされていた、なんてことはないのだろうか。
 スペインのC社が帰去来荘を購入したのはFITの方針転換が報道されたあと。つまり買い取り価格が低くなっても採算は合うということだ。だとすれば、今後も外国資本の参入は続くと思った方がいい。




(1)帰去来荘の敷地横に立つ反対の看板(長野県富士見町)
(2)敷地の外から帰去来荘の建物を指さす地元住民。希少植物のヤマユリが咲く林の中に建物がある
(3)2020年1月に富士見町内で開かれた説明会。地元住民が詰めかけた


依光隆明(朝日新聞諏訪支局)
1957年高知市生まれ。1981年高知新聞に入り、2001年高知県庁の不正融資を暴く「県闇融資」取材班代表として日本新聞協会賞を受賞。社会部長を経て 2008年朝日新聞に移り、特別報道部長など。2012年福島第一原発事故に焦点 を当てた連載企画「プロメテウスの罠」の取材班代表で再び日本新聞協会賞を受賞。共著に『黒い陽炎―県闇融資究明の記録』(高知新聞社)、『プロメテウスの罠』(学研パブリッシング)、『「知」の挑戦本と新聞の大学I』(集英社 新書)、『レクチャー現代ジャーナリズム』(早稲田大学出版部)などがある。


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