「毒」がなくてはつまらない  「蜜」がなくては諭しめない  「骨」がなくては意味がない

Opinion|2020/08/31|北方ジャーナル記者/『見えない不祥事』著者・小笠原 淳

出でよ、パクり本

 警察の未発表不祥事を調べてまとめた『見えない不祥事』という本を出してから、もうすぐ3年。刊行後も地元・北海道で同じような話題を追い続け、折に触れて発表しつつ、そろそろネタが尽きるころかなあとしばしば考える。が、これがなかなか尽きる兆しがない。畢竟、こちらの興味関心もまた尽きることがない。

 いちおうゴールめいたものはなんとなく設定してある。目指すところは「公平な扱い」。警察がほかの多くの役所と同じように職員の不祥事を積極的に公表し、ほかの多くの事件と同じように職員の法令違反を積極的に発表する、という当たり前の扱いが始まった暁には、取材をやめてもいいかなあ。そう思っている。

 上に言う「公表」とか「発表」とかいうのは、文字通りの意味。誰に対しても等しく、事実をありのまま報らせることだ。北海道の警察では、もとへ、日本の警察では、まずこれがまったくできていない。繰り返す、「まったく」できていない。

 しつこいようだが、念を押す。「まったく」できていない。

 警察という組織は、都道府県の組織ということになっている。警視正以上の職員は国家公務員になってしまうという事実があるが、ややこしいのでここでは措く。というか、そういうややこしいルールはただちにやめるがよい。

 ということはともかく、少数のエライ人を除く多くの警察官は都道府県職員である、ということになる。私の地元・北海道では、道職員が不祥事を起こして懲戒処分を受けた場合、原則としてその全件が公表の対象となる決まりだ。ところが警察職員だけはこの例外となっていて、ほかの道職員とは正反対の扱いになる。つまり「原則として」の枕詞抜きに「全件非公表」が徹底されているのだ。これまでも、たぶんこれからも。

 嘘をつくな、と指摘の声が聞こえる。一部とはいえ、悪質なものは即日公表され、警察本部の謝罪コメントも発表されるではないか――。この指摘、ある意味では正しい。同時に、根本的に大きく誤っている。

 まず「全件」について。これは、過去に地元議会で是正を求める声が上がったものの、北海道警察が頑として受け入れなかった。彼らの答弁は「引き続き、適時適切に発表して参ります」。翻訳すると「全件は発表しません」ということだ。これからも警察に都合のよい事案だけを発表していくのでよろしく、ということだ。

 次に「公表」について。警察職員以外の道職員が懲戒処分を受けた場合、その事実はまず、ごく限られた業界の関係者に報らされる。具体的には、記者クラブという任意団体に加盟する営利企業の一部従業員に提供される。法的根拠はまったくないのだが、長い慣行でそういうことになっている。職員の個人情報を含む事実を法的根拠もなしに特定の第三者に与えてよいのか、という疑問はあるが、これは飽くまで「公表」の過程での話。記者クラブに提供された情報は、いくらかの時間差で道庁の公式サイトに掲載され、誰でもアクセスできる情報となる。即ち、ここで初めて一次情報が「公表」されたことになる。北海道では、警察以外の機関がこのように不祥事を「全件」「公表」しているのだ。

 対して警察は、このどちらもできていない。

 警察不祥事が「全件公表」を免れていることは、すでに述べた通り。では何件「公表」されるのか。されないのだ、一件たりとも。

 警察職員が懲戒処分を受けた場合、その事実はまず、公表されるものとされないものに分けられる。分け方は、まったく不明。誰がどんな基準で選別しているのか、外部の人間には一切あきらかにされない。訊いても「適時適切に」なる曖昧な言葉しか返ってこない。

 密室の選抜を経て公表されることになった情報は、ではどうなるか。先の警察以外の例と同じように、ごく限られた報道機関の関係者に提供されるのだ。

 で、終了。

 おわかりか。警察は、不祥事の一部を隠しているのではない。不祥事の全件を例外なく隠しているのだ。いやいや、報道機関に情報提供しているではないか、との指摘には、こう問い返しておこう。なぜ報道機関以外の道民には直接「公表」しない? 報道機関が報道しなかった情報は、どうやって知ればいい?

 警察も公式サイトを持っている。そこには日々の事件を「公表」するページがある。不審者情報などを伝えるメール配信サービスもある。ならば、職員の不祥事も同じように「公表」できる筈だ。警察以外の役所と同じように、報道各社に提供した情報と同じものをサイトのどこかに(みつけにくい場所でもよい)アップロードするだけで、瞬時に世界中に発信できる筈だ。

 だが、やらないのだ。できないのではない、やらないのだ。最も公平であるべき組織が、本来は組織内の問題をどこよりも厳しく正すべき組織が、どこよりも往生際悪く不正や失敗を隠し続けているのだ。

 報道発表されない不祥事は、ほぼ永久に誰の耳にも届かない。報道発表された不祥事も、報道機関が発信しない限り誰の目にも触れることがない。

 本を書く前から、また書いた後も、状況はまったく変わっていない。北海道以外の46都府県でも、事情はそう違わないと察せられる。公文書開示請求を繰り返して未発表の事実を掴み、ネチネチ突ついていく奇特なライターが1県に1人でも出てくれば、あるいは状況が変わってくるかもしれない。発信者の筆が達者ならば、拙著よりもずっと面白い本をまとめることができるだろう。

 というわけで、どなたかそろそろパクり本を出してくれないかしら。そうすれば、私の設定したゴールがほんのちょっと近づいてくるような気がするのだけれど。

小笠原淳写真
北方ジャーナル記者/『見えない不祥事』
著者・小笠原 淳
1968年11月小樽市生まれのライター。旧『北海タイムス』の復刊運動で1999年に創刊され2009年に休刊した日刊『札幌タイムス』記者を経て、現在、月刊『北方ジャーナル』を中心に執筆。同誌連載の「記者クラブ問題検証」記事で2013年自由報道協会ローカルメディア賞受賞
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