「毒」がなくてはつまらない  「蜜」がなくては諭しめない  「骨」がなくては意味がない
「毒」がなくては詰まらない 「蜜」がなくては愉しめない 「骨」がなくては意味がない
LEADERS NOTE
「毒」がなくては詰まらない 「蜜」がなくては愉しめない 「骨」がなくては意味がない

【読売新聞の連載「親は知らない」より】


仮想空間に「引きこもり」 現実戻れぬ「ネトゲ廃人」
両親と妹、祖母が夕飯の食卓を囲む頃。ケンヤ(19)(仮名)はパジャマ兼用のジャージー姿で起き出してくる。向かうのは食卓ではなく、すぐ横のパソコンだ。

オンラインゲームにログインすると、目は画面にくぎ付けになる。聞こえるのはヘッドホンからのゲーム音だけ。一段落すると食卓の皿をつかみ取り、キーボードの上でかき込んだ。

長身のケンヤの丸まった背中を見ながら、父親(50)は言う。「食卓からパソコンまでのわずか1メートルが、とてつもなく遠く感じる」 ゲームは朝まで続く。「このやろう!」。深夜の大声に、家族が目を覚ますこともある。

◇ ケンヤがゲームに出会ったのは中学2年の夏休み。共働きの両親の目が届かず、学校にも行かなくていい。昼夜逆転したゲーム三昧の毎日。休みが明けてもパソコンの前から離れられなくなった。以来6年間、ほとんど家の外に出ていない。

中学校の卒業アルバムは同級生が届けてくれたが、卒業式には出なかった。単位制高校も入学手続きをしただけですぐ辞めた。

父親は息子をゲームから引き離そうと何度も試みている。海水浴に誘ったり、ドラム演奏を勧めたり。だが、その都度「ゲームの方が楽で面白い」の一言で、パソコンの前に戻っていく。

ゲームを始めるまで、野球と水泳に明け暮れる活発な少年だった。今、現実社会に友人は一人もいない。

それでも画面の向こうには「仲間」がいる。ケンヤは自らやゲーム上の友人を「ネトゲ廃人」と認める。

◇ オンラインゲームの醍醐味は、インターネットでつながった他のプレーヤーと力を合わせて強い敵を倒せることだ。連帯感を味わえる一方で、1人が抜けると仲間が苦戦を強いられるため、「学校がある」「眠いから」といって自分だけ先に抜けにくい。プレー時間は自然と長くなる。

引きこもりの相談を毎年200件以上受けているNPO法人・教育研究所の牟田武生理事長は、「原因の6割はゲーム依存」と明かす。中国や台湾では、長時間プレーした少年が死亡したとして社会問題化した。

◇ 他人のパスワードを無断使用したとして、栃木県警に不正アクセス禁止法違反容疑で書類送検された当時高校2年のヤスシ(19)(仮名)。動機はゲーム上の「妻」(29)に「離婚」されたことだという。会ってみると、今風の普通の若者だった。

ヤスシが「年上の妻」と知り合ったのは2007年秋。正確に言えばゲーム上でキャラクター同士が出会っただけ。チャットで意気投合し、「軽いノリで結婚した」。ゲーム内でキャラクターを結婚させるとその能力が上がるからだ。

だが、思いは微妙に変化していく。ゲーム内で一緒に戦う機会が増え、「好き」「会いたい」と言葉を交わすようにもなった。メールは毎日、ケータイでも週1~2回話し、修学旅行の土産を送ったこともある。

やがてヤスシは、女性が他のプレーヤーとゲーム上で会話するだけで「仲良くするな」と非難するようになる。けんかと仲直りを繰り返した末、女性から「離婚」を申し立てられた。

カッとして、ゲーム内の別の友人に、以前聞いていた女性のパスワードを教えてしまった。パスワードを悪用して、女性のアイテムを奪うと知りながら。警察がやってきたのは、その数か月後だった。

「当時は夜中の2~3時頃までゲームをして、キャラクターの中に自分が入りこんでた感じ」とヤスシは振り返る。事件は審判不開始で終わったが、その後、ゲームはほとんどしなくなった。元の「妻」の顔は知らないままだ。今、付き合っている彼女に、“結婚歴”を打ち明けると笑われた。
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